2010年08月01日

クリエーション I

(C).jpg [3].jpg

クリックすると楽譜が大きく表示されます。

 ‘69年、「管楽八重奏曲」を発表した頃、「クリエーション・シリーズ」の作曲を始めた。翌年に掛けて計4曲書いた。最初の、5本のトロンボーンためのT番は、作曲・作曲家のコンセプトを揺るがす根本的な問題を含んでいた。
 冒頭、全員が同じことを演奏する。最低音と最高音により「みんなと合わせる」ことが意図されていた。

 次に、一つの音に幾つかのフィギュアを伴った音を順次演奏していく。それはその後音楽を生み出す“サンプル”にもなっている。

 そして、五人の奏者は、フィギュアを伴った音を、指定された音で“聴き合いながら”「模倣」したり、「反抗」したり、相手と「コール&レスポンス」することにより、音楽を生み出していく。二人で、三人で対話が始まり、基の音型から「組み合わせ」「つなげていく」・・・

 これって何だろう?「音楽づくりワークショップ」と同じ原理だろう。41年前から、演奏家と「音楽づくり」を、リハーサルから本番も含め、私は実践してきたことになる。

 音楽の基本的なワクをつくり、ルールを設定し、その場で音楽をつくることになっている。だから一見「ちゃんと書いてない」ように思われる。そして即興が求められるが、デタラメではない。どこまで書くか?問題になる。その場で音楽をつくるのでは「作曲家」の役割を逸脱していないか?ギリギリのラインで現代音楽の根元的な「作曲」のコンセプトが投げられていた。

 U番は、管楽器のアンサンブルに、日常的な音楽空間を設定(歌手の発声練習)、もう一つの夾雑物として町の“焼き芋屋”の音が混然一体となり「同化」したり「異化」したりして、全体で“音楽”のひろばがつくられていく。<日米現代音楽祭・参加>

 V番は、ピッコロとチューバと審判による「音楽づくり」。異質な楽器の組み合わせとその音、音楽が生まれる瞬間の緊張やアクションは爆笑を誘った。<日独現代音楽祭・参加>

 W番は、吹奏楽で行ったが、編成が大きすぎて、細かいところの理解まで到らなかった。

 その後、弦楽アンサンブルで、ひとの形態も加え、舞台一面で音楽が生み出された・・・散々な結果や評価だったが、その時一人の作曲家が激賞した。
 怒ったような表情で、凄い、素晴らしい、と・・・評価はそれだけで、それ以外誰にも評価されず、現在まで全て忘却の彼方に飛んだままだった。

 「彼の作品は“クリエーション”って言うんだぜ」。外国人音楽家に意味深に通訳して、笑った仲間がいた。別に宗教的な意味はない。「つくる」という根元的な意味があるだけだ。また作曲家への否定や挑発ではないが、「作曲」で独自な道をここから歩む“宣言”でもあったと思っている。

 公式の演奏会も含め、当時の東京音楽大学の演奏家諸氏が協力してくれた。今なお感謝している。
posted by 坪能克裕 at 00:00| 作曲